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4.箱庭の二人
甘い花の香りと穏やかな日差しに包まれ、今日も彩綾の日常はただただ優しい。
大事な人の人生を棒に振り、自分の想いも黒く染めた上での、箱庭の幸福。それでもいい。失いたくなど、ない。
涼がゆっくりと車椅子を押す。流れる景色を眺めながら、彩綾はふと囁いた。
「そういえば涼君、最近、すごく変なんです」
「変?具合が悪いのか?」
「いいえ、そういうわけじゃなくて……」
微かに言いよどみ、思い切って口を開く。
「足に違和感があるんです。それに、夢でよく歩いていて……おかしいですよね。もう一生歩けるはずがないのに」
苦笑いを浮かべて振り返り、息を飲んだ。
涼が真っ青な顔で凍り付いていた。切れ長の目を見開き、唇を戦慄かせ、信じられないという風に。
「……涼君?」
彩綾が不安げに顔を曇らせると、涼はぎこちなく微笑んで首を横に振った。
「何でもないよ。ただ、申し訳なくて……」
「そんなことないです!わたしは……」
涼君と一緒にいられて幸せです。大好きです。
そう言えたら、よかったのに。
「わたしは、大丈夫、ですから」
にっこり笑って囁くと、涼の手が彩綾の髪にそっと触れた。壊れ物のように丁寧に梳く。
「彩綾、一つ聞いてもいいだろうか」
「何ですか?」
「もし、……もしも、リハビリ次第でもう一度歩けるようになるとしたら、どうする?」
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