4.箱庭の二人

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 彩綾はこてんと首を傾げた。  もう一度歩ける。それは喜ぶべきことだ。 (でも、そうしたら涼君と一緒にいられなくなる……)  それだけは嫌だった。涼が、彩綾の世界のすべてだから。  捨てられるくらいなら、死んだ方がマシだ。 「治したくないです」  消え入りそうな声で呟くと、髪を梳く手が止まった。 「治ったら、ここから出なきゃいけないでしょう?外の世界は怖いです。ここに……いたい……」  一番の理由は、涼と一緒にいたいからなのだけど。  涼の手が髪から離れる。まるで捨てられたような気持になり、心細さから振り返ると、涼の手には手折られたピンクの薔薇があった。  涼は器用な手つきで棘を取り、無駄な葉を落として、そっと彩綾に差し出す。 「いいよ。ずっとここにいていい。ここは彩綾の世界だから、誰もお前を傷つけないから、安心していい。傷つけるものは俺が取り払うから」  涼がどこか哀しげな瞳で、小さく笑う。真っ直ぐ澄んでいた切れ長の瞳が、暗く澱み始めたのはいつからだろうか。  涼を穢したのは彩綾だ。涼から自由と幸福を奪ったのも、彩綾だ。  それなのに、涼の言葉が嬉しくてたまらない。罪悪感から出た言葉だとしても。 (好きです。大好きです。……好きになって、ごめんなさい)  彩綾は懺悔するように目を閉じ、涼が手折った薔薇に口づけを落とした。
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