眠れない女と眠りたくない男

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この人はいつ寝てんだ? 一瞬、頭に浮かんだ疑問、しかしすぐに頭から消えて口から言葉が溢れ出す。 「あの、眠れました。あの薬が効いてぐっすり、なんか、すごく気分が良くて、すがすがしいっていうか、爽快っていうか、あれ、何という薬なんですか?」 「言っただろ、あれは薬じゃない、ジュースだ」 「え? でもすごくすっぱくて…」 「そりゃそうさ、あれは梅干しのエキスを凝縮したものと、みかんの汁を凝縮したものと、レモンを加えたものだからな」 「えっ!」 「頭の中でごちゃごちゃ考えているものを、とりあえずすっぱいというもので埋め尽くしたんだ。そしてすっぱいが頭の中から消えれば空っぽ、眠れるってわけだ」 「そ、そういうことなの…」 「そうだ、あれこれ考えていることを一つずつ消すのは無理、とりあえず一つにして、それでそいつを消す、人間の頭を落ち着かせるにはこの方法が一番」 「なるほど、わかりました。プレゼンもこれでうまくやれそうです。ありがとうございました」 お礼を早口で言うと女性が勢いよく外に駆け出して行った。 やれ、やれ、人間というやつはせわしない生き物だ… 薬剤師が心の中で呟いた時、ガラリと扉が開き、今度は中年の男性が入ってきた。 「おい、よく効く眠気覚しのドリンクを出せ!」 柄の悪そうな男が叫ぶ。     
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