ある土曜日

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私が追いついた頃には、戦闘はすでに終わっていた。 ひったくり犯は、警察官の格好をした若いお兄さんの下敷きになっていた。 スラッとしたした細身の体が巨漢をいとも簡単に押さえ込んでいる姿を見るに、このイケメンの警察官は本物と見て間違いないだろう。 2人のすぐ横には警察官のものであろう、白い自転車が転がっている。 急に現れた男にぶつかって倒れたのか、女性もののカバンを片手に全力で走る男に異常性を感じた警察官が自転車を投げ捨てて男に飛びかかったのか、この現場を見ただけではわからない。 大の大人が2人取っ組み合いをしていれば、さすがに目を引くらしい。 気付けばどこからともなく現れた野次馬が、警察官の周りを取り囲んでいた。 私と追いかけっこをしていた時は人っ子一人いなかったのに、いったいどこから湧いて出てきたのか。 私は群衆に奪われた意識を現場に引き戻した。 何かおかしいと思ったら、男と警官の周りには私のバッグらしきものがどこにもない。 もしかしたら取っ組み合いの下敷きになっているかもと目をこらすが、そんなことはないようだ。 どさくさに紛れて別の人が持っているのかと左右を見ても、どこにも見当たらない。 次は後ろだと体ごと振り返ると、青いハットをかぶった小さな男の子が私の真後ろに立ち、私をじっと見つめていた。 私は声にならない悲鳴をあげて派手に1歩後ずさりした。 たとえ小さな子供とはいえ、そんな真後ろで気配を殺してじっとこちらを見ているなんて、ちょっとした恐怖体験だ。 子供はそんな私を見兼ねたのか、胸に抱えたバッグを私に見せてきた。 私はようやくそこで気付いた。 さっきの子だ。 あの時は遠目だったが、気が動転した私でもそのハットはさすがに見覚えがある。 謎の子供は、私が事態の飲み込むのを待っていたらしい。 私の顔が事を理解したと告げると、子供は私のこわばる手を華麗に引っ掴んだ。 「ねっ行こ!」 私の返事も聞かず、子供は私をぐいぐい引っ張って群衆の中から連れ出した。
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