開花の忘れもの

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 見届けた佳代が素早く動いた。壮士の中にはステッキが仕込み杖になっている者もいる。抜き放つが斬り掛かかる前に投げ飛ばされる。もう一人は仕込み杖を宙に舞わせ、頭から地面に叩きつけられる。佳代はうしろからの攻撃をまるで背に目が付いているかのように簡単に躱す。嘉納治五郎は改めて凄いひとだと思いながら男どもを投げ飛ばした。  あっと言う間に七、八人の男が倒れると残りは一目散に逃げていく。それを見て、捕われている首謀者がクククッと笑った。「やっぱり金目当の奴らはあてにならん」と言い、「おーい、こいつ等を始末しろ!」と空に向かって怒鳴った。  闇の中から何かが迫って来る。ゆっくりと向かってくる。  幽霊のような不気味な男であった。嘉納治五郎は背筋がゾクッとした。  福田道場の仲間二人がその男に向かっていった。  男がわずかに動くとシュッ、シュッ、二度風を斬る音がした。一人目は前蹴りを胸に受け、二間ほど後へ飛ばされて動かなくなった。二人目は真っ直ぐ伸びた正拳突きを鳩尾に受けて無言で崩れ落ちた。二人が技を掛けることが出来ぬほど疾かった。  男は佳代をにらんでいる。よく見ると少年の面影を残す若い男であった。  静ひつな夜の闇に、息詰まる睨み合いが続いた。 「その男は子どもを拐かし、私を殺そうとしました。それでも助けるのですか」 「自分はその方の屋敷に厄介になっております。書生です。恩義があります」 「考えなおして頂けませんか?」 「無理です。こんな強いヤマトンチューが目の前に居るのに……無理です」  独特の方言と訛り、一撃必殺の技、間違いなく沖縄唐手である。腕や足だけでない、全身が凶器となる。その体に触れるもの総てを破壊する。 「仕方ないですね」佳代のため息混じりの声に、「ありがとうございます」と微笑んだ男が駆けた。距離二間に迫るや「キエェーッ」と気合を発して跳んだ。地面に水平になった体から長い右足が伸び顔面を襲う。佳代は手で防御して脇へ避ける。わずかにかすったようで顔をしかめた。まともに受ければ骨が折れただろう。着地した男は突き、蹴りを次々に浴びせる。息をつかせぬ攻撃に佳代は防戦一方になった。腕を振るたびに夜気が震える。そのひと蹴りに空気の焦げる匂いがする。佳代は紙一重で躱しているがいつまでかわしきれるか心許ない。息もだいぶ上がってきている。たった一撃で勝負はついてしまう。
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