開花の忘れもの

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 自由民権思想のために活動していると言えば聞こえは良いが、実体は無頼漢とかわらない。むしろ弁舌が出来るだけにそこいらの無頼漢より性質(たち)が悪いといえる。手にはステッキ、白シャツに絣の着物、縦縞の袴に高下駄を履き、口髭を生やして周りの人たちを睥睨しながら歩いている。金の為に強請たかりを平気でする。徒党を組み騒動を起こすのはしょっちゅうである。そういう連中だが、行商人の子を拐かしても金にならないくらいは承知のはず。ならばこいつ等を金で動かしている者が必ずいる。そう考えながら歩いていると、福田道場の一人が近付いて来て耳打ちしてくれた。 「靖国神社の裏にいるのは壮士風の者が十人ほど。首謀者と思われる男が一人。偉い勤め人か、役人のように見える。手に拳銃を持っているぞ。子どもはそいつの脇に縛られている。今は泣き疲れて眠っているが怪我はないようだ、計画通り奴の気を逸らしてくれ。その隙に子どもを助ける」 「分かった。頼む」と声を掛けると「拳銃に気をつけろよ」と言って闇に消えて行った。  午後八時。指定の場所を遠くから覗いていた嘉納治五郎は慎重に奴らに近づいた。闇の中に目を凝らせば、十人程の男が輪になっている。耳を澄ますと男の声が聞こえる。多分首謀者だろう、言葉は聞き取れぬが罵倒と嘲笑する声が聞こえた。嘉納治五郎はそーと一人の壮士に近づき「おい」と声を掛けた。  声を掛けられた男がキョトンとした顔で振り向いた。その時には右足の甲が相手の足首に掛かっている。襟を後へ引くと背から落ちて苦悶の表情をする。「誰だ、てめえは!」隣の男がステッキを振り上げたが、懐へ飛び込んで左袖と右襟を掴み、左脚の裏を跳ね上げると右肩から落ちてボキリと鎖骨の折れる音がした。取り囲む輪が乱れた。  二間先では佳代に向かった男が声をたてる暇もなく崩れ落ちている。勝ち誇っていた首謀者が慌てている。拳銃を構えるが仲間に当たりそうで狙いが定まらない。チッと舌打ちして「子どもを撃つぞ」と怒鳴った。  一瞬、その場の総ての動きが止まった。  次に「ぐわーっ」と喚く声が聞こえた。隠れていた福田道場の仲間が首謀者へ殺到して拳銃を奪い取って子どもを救出してくれた。
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