群青の幻影

10/22
前へ
/22ページ
次へ
 その場では大した話はしていなかったと思う。私は内面でくらくらとしていた。時間にすれば一分もなかったはずだがこの時の私の混乱ぐあいは一生忘れない。自分に対して不思議で仕方がなかった。小娘じゃあるまいしなんで私がこんなに混乱するのだと。源三さんが別の部屋に立ち去ったあと、由美は「どうしてびっくりしてるの?」と訊いてきた。 「話には聞いてたけど実際に会うのは初めてじゃない。画家に会うのも初めてだし」 「ふうん…まあ画家ったって何度も言ってるように有名ではないし気にするほどのもんじゃないわ」  そして十二月。近場に新しくできた喫茶店に友達といるところに偶然源三さんが現れ、私と彼はそこで再会したのだった。源三さんは短い挨拶のあと私に名刺を渡して奥の席に向かった。仕事の話をするためだったのか二人の連れがいて、三人が奥の席につく。源三さんは私に背を向けて座り、私は手元に視線を落とし渡された名刺を見る。そこには名前と携帯の番号、メルアドが記されてあるだけ。画家とか書いてあるのかと思ったが、彼の感覚からすればそういうものなのだろう。  
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加