群青の幻影

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 窓からは狭い川と県道が見える。あの道を通ってここにやって来て、あの道を通って私達の住む街へ帰るのだ。私は私達の乗る黒い車があの道を通り過ぎてゆく光景を思い浮かべる。それから後ろを振り返って隣で仮眠をとる高田源三の横顔を見る。  彼は画家だ。とはいえ有名ではないしコンペで入賞したこともない。由美の話によればさる画商に気に入られて年に三枚か四枚の絵画を買われているのだという。具象も抽象もどちらもやり、基本的に油彩の画家である。私は素人だが四九という年齢からは信じがたく鮮烈なものを見る者に与える作品を描く人だと思う。  私が静かに帰り支度を始めていると源三さんが言った。 「泊まっていってもいいんだが」  夜には帰りつきたいと先に言ってあるのにそう言う。 「仕事がありますから。でも本気で言ってるのならそうしますよ?」 「いや…困らせたくはない」  私にはわかってる。こうしている時も源三さんの頭のなかは絵のことでいっぱいなのだ。源三さんの体の奥から奥から次々に淀みなく絵画のアイデアや作品を構成する細部の情報が湧き出ていて、その情報整理に彼の頭脳は追われている。私の存在が彼の頭のなかを占めているのはほんのひとときの時間にすぎない。それでも、いえ、だからこそ私は喜びや充実を見いだしているのだ。そのひとときを所有し支配しているのは私である。私ひとり。  
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