群青の幻影

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 旅館の奥まった駐車場から車が出る。後部座席に私は座り、いつものように車は慎重に公道へと進路をとる。橋を渡って左折するとあとは交通量の少ない長い一本道が続く。  私は少しばかりの勇気を出して訊いてみたかったことを訊いた。いつもは何となく遠慮して世間話、時事問題の話に終始するのだが今日の私は次の段階に踏み出したかった。もっと奥を知りたい。 「いま描いてるのはどんな絵なんですか」  暫し間があって源三さんの声が車内に響く。 「泣く女って有名な絵があるだろ?ピカソの。私が学生の頃は教材に載っていたもんだが」 「見ればたぶん、ああってわかると思います。抽象画ですよね」 「そう。それは悲しみを主題にしてあるわけだけども、私がいま描いてるのはああいった抽象画の方法論で“理想の女”を主題にして描いてみよう、とトライしてる絵なんだ」 「そうなんですか」 「まあ理想なんてのは現実には存在しないものだけども──だから理想なんだが──これを絵として形にしてみたいという欲望が前々からあってね。いまが描くタイミングだと感じたんだ」 「欲望ですか」 「難しいんだよ。自分の中身そのままを出すのは。何かしら大きく手を加えないと作品にはなりづらい。というか不可能に近い。だからいつも…幻想を描くと言いつつも妥協しつつの幻想ということになる」  
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