群青の幻影

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「それを求める人がいるわけですから。画家を継続できてることがすごいですよ」 「本心では敗北なんだよね」 「妥協がですか」 「いやその前の段階、出発点で諦めてるのさ。万人に伝わるやり方でやるってね」 「物を作る基本なのでは」 「そうなんだ。その基本を受け入れるのが難しいんだよ」  そうしている間に私は『泣く女』をスマホで検索し、おぼろげだった記憶を補正する。これこれ、知ってる。ほんとに泣き崩れてるやつ。リアルに。  絵についての質問をしている私は、では画家としての彼にほんとうの興味を抱いているのかと言われればそれは違う。由美の話では画商に売れているといっても一枚、二万から六万の値だというから画家としての年収は最大で二四万である。生活費のほぼ全額は夫婦の両親から出ていた。源三さんの親は土地成金、奥さんの親は不動産業を営んでいる。由美自身もお金のことで困ったことは一度もないと言っていた。それは私にもわかる。由美とは高校時代からの付き合いで家には何度も行っている。そこで私が目にしたのは裕福といっても生活はごく普通のありきたりな水準の生活だった。衣食住すべてが〈普通〉にセッティングされていて整えられているのだった。源三さんが仕事場にしている別宅には行ったことはないが、アトリエ以外は似たような感じか、もっとつつましいものだと想像がつく。  
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