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 恋をしたことがあるの、そう言ったのは真子だった。五月の、思いのほか雨の続く中、宮間と私はその声に小首を傾げていた。 「そんなの、ほとんどの人がそうじゃないの」  私はさも当然だと思いながらそう言った。久しぶりにお茶でもしようよ、と私たちを誘った真子が急にそんな話をはじめたものだから面食らってしまったのだ。そもそも真子は恋多き女なのだ。それがどうして恋をしたことがあるなどと言うのか、宮間も私も皆目見当がつかなかった。 「ちがうのよ。その、うちのお客さんに」  恥じらうでもなく、少し感傷的に過ぎるような声色で真子は続けた。 「美容師って長い時間、一人のお客さんと話す機会も多いじゃない。それで、私の担当している人に恋をしていたことがあるの」  なんでも聞いて欲しがる彼女にしては珍しい、新たな恋事情だった。宮間がおもむろにコーヒーカップを手にしながら口を開く。 「それがどうしたんだよ。真子が誰か好きになるなんて珍しいことでもないだろ」  大学時代にそんな真子を好きだった宮間も、今やすっかりそんなことなど忘れたようだった。女はいつだって恋をして輝いていく。私と真子の違いは、恋を重ねた回数なのかもしれない。     
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