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「やっと晴れたね」  いつもの、と頼まれた注文を運んでいくと、老夫婦の旦那さんの方が私にそう言った。あまり話したことのない瞳の優しそうな人。 「梅雨にしてはまだ早いですもんね。ごゆっくりしていって下さいね」 「ありがとうね」  返してくれたのは奥さんだった。二人とも、私が入りだした頃からのお客さんだ。まるで本当の祖父母みたいに可愛がってくれているようだった。私は嬉しくなって頭を下げる。  ドアが開く音が聞こえて振り返ると、昨日の男性客が入ってくるのが見えた。あの、夢の人。 「いらっしゃいませ」  笑顔で私はカウンター席に案内をした。何事もなく、注文を取って運んだ。その後も、店長といつも通りに雑談をして、晴れたからか最近にしては忙しい朝だった。忙しいのは幸せなことだ。たくさんのお客さんの顔を見て、途中からはキッチンに入って慌ただしく仕事ができる。仕込みをしながらオーダーを出して、洗い場を片付けて。そうしていれば、独楽鼠は自分の仕事をしているし、私も遣り甲斐のある時間を過ごせる。それは、たしかに充実しているのだった。 「3番のオーダーまだ?」  不機嫌そうな声とともに苛立ちの矛先が私に向いたのは、お昼過ぎの混雑が少し落ち着いたときだった。この時間は、一旦並んだ伝票分のオーダーをやり切って一息つきながら、店長と私が出ていった分の物の補充をしているのだが、まだ入って5分ほどのオーダーをお局が請求してきたのだった。 「すみません、請求ですか?」 「違うけど、やってないでしょ」  たしかに、補充の最中だったせいでオーダーを少し後回しにした私に非はあるのかもしれないが、お客さんからの請求ではない。ただ店長との雑談が気に食わなかったのだろう、と察して、すぐやります、とだけ返した。店長に目配せすると、眉を下げて「俺がやるわ」と言った。それからはお局はもう口を出さなかった。
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