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一向二裏。三人に囲まれない為の対応である。
重太郎は、正眼に構えた。攻撃にも防御にも対応する事が出来る。それに攻防共に隙は少ない。
「背後の憂いを無くして、正眼かい」
正面の男が言った。顔が長く、痘痕面。今までの口振りから、この男が頭領格のように見える。
「生真面目な性格だな、お前さん。だが、それは生兵法ってものだ。素人がどう頑張っても、俺達には勝てんよ」
笑い声が挙がる。重太郎は無視して、刃の切っ先に、意識を集中した。恐れは通り過ぎた。あとは、この火中から如何にして娘を救い出すかだ。それに、この葦の向こうには喜佐もいる。
素人。そう言われれば、否定できない。剣術は修めたが、実戦の経験がない。一度だけ真剣で立ち合ったが、相手の腕を軽く斬っただけで終わった。
だが、そんな事はどうでもいい。経験に勝るもので挑めばいいのだ。
重太郎は、深く長く息を吐いた。
無駄な力みが抜け、意識の深部に沈んでいく。浪人達の声も遠い。
やる事は一つ。伊武派壱刀流の剣客として、武士の務めを果たすだけだ。弱きを助ける。その為に自分は、剣を学んだのだ。
心気が整い、意識が刀と一致した。
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