慈愛の空音

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 彼が何かを言葉にしようと、だけど上手くいかないようで……もどかしいけれど待つのも礼儀だと思う。  私は彼の言葉が紡がれるのを待ち、心を無にする。何があっても取り乱すことがないように。  やがて彼は硬い声を発する。 「ーー会えなくて悪かった。ごめん」 「うん」  空気が重苦しい。 「仕事が忙しくて……」 「ん」 「今日は話があったんだ。来てくれてありがとう」 「…………」  おそらく私は今までの人生の中で、もっとも嬉しくない『ありがとう』を聞いたと思う。  そう思うくらいに、ここ数ヶ月は彼と会っていない。 「嘘をついていて、ごめん。仕事は忙しかったのは本当だけど、隠していたことがあるんだ」  なにも返事をしたくない。私は嘘がこの世で一番嫌い。それを彼は知っていたはずなのに……。 (私に嘘をついていたのね。会えなかった理由は他にあったってことか)  私は身体中の力が抜けていくのを感じる。  怒り、悲しみ、切なさ、絶望。 (うそつき)  
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