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ある日曜日の午後、私は柚崎グランドホテルにいた。
ホテルのロビーにあるカフェは全面ガラス張りになっており、外から差し込む日差しが店内を明るくする。ガラスの向こうに見える空の水色と植物の緑のコントラストがとても綺麗で、ずっと見ていても飽きない。公園で緑に囲まれてのんびりひなたぼっこをするのが大好きな私は、この魅力的なカフェを一目見た瞬間、気に入った。
でも今日、私がこのホテルを訪れたのはカフェに来るためではなく、別の理由がある。一緒に来ている叔母に断りを入れ、私は後ろ髪を引かれながらカフェを出て、これから訪れる時間の緊張をほぐすためにロビーの奥にあるトイレに向かった。
トイレから叔母の待つカフェに戻る途中、つい外の鮮やかな緑に目を奪われていると、いい香りとともに黒い影が私の視界の端に現れた。不意のことに驚いて足を止めた瞬間、私は手に持っていたハンカチを落としてしまう。
「あ、すみません」
「あっ、こちらこそ、ごめんなさい」
ハンカチを取ろうと慌ててしゃがみこんで手を伸ばそうとしたとき、視界の中に私よりも大きな手が入ってきた。手同士が触れそうになり反射的に私は手を引いたけれど、その大きな手はそのままなんのためらいもなくハンカチに触れた。
ハンカチが持ち上がっていくのを目で追っていくと、その手はホコリをはらうようにハンカチを軽く叩いた後、私の目の前に差し出してきた。
「どうぞ」
「あっ、ありがとうございます」
私は立ち上がって軽く会釈してから受け取り、その手の持ち主の顔を見上げた。
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