あかねの世界

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豆球の付いた薄暗い自室のなか、あかねはお気に入りの抱き枕を自分のほうへ引き寄せる。ぎゅっと腕に力をこめて顔を埋めると、小さい頃、大好きな幼稚園の先生によくこうして抱きついていたことを思い出す。 これが人だったら、どんな感覚だろう? あかねに恋人はいない。家族とも、さすがにもう抱き合ったりはしない。人を抱き締める感覚とは、どんなものだったか。あかねには思い出せなかった。 だからあかねの頭には、今日も今日とて鮮やかな妄想の世界が広がる。 目を瞑れば、目の前の抱き枕は、あっという間にドラマに出ていたイケメン俳優に早変わり。優しい笑みと眼差しで、自分を抱き締め返してくれる。 自由で幸せな空想の世界ーー夜な夜な1人でそこに浸るのが、あかねの日課だった。 「あかね、今日も学校お疲れさま」 長身のイケメンが、柔らかな笑みとともに労いの言葉をかけてくれる。 しかしあかねは、「いつも通りの」手慣れた返し。 「ユウヤこそ、疲れてるんでしょ? 最近ドラマで忙しそうじゃない。今週も、ちゃあんと見たわよ!」
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