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俺が好きなこの子は幻覚を見ている。
今もまさに俺にちょっかいをかけてきているこの子だ。
俺がそのことに気づいたのは、彼女の親友だった椿山椿が交通事故で亡くなって一週間後、久しぶりに登校してきた日だった。
一週間経って心の整理もできたようで、葬式で泣き崩れた時のようなくしゃくしゃの表情ではなく、目元にわずかに赤いくらいのとても良い顔だった。
そして、花瓶に花を生けてあるの机にこう言ったのだ。
「おはよう」
最初は、彼女との交友を過去のものにしないために、挨拶を交わしたのだと思っていた。
しかし、どうにもおかしいと感じた。
休みの時間もひっきりなしに、彼女のものだった机に顎を載せながら、花瓶に話しかけているのだ。
「うん。へー、そうなんだー」
相槌が聴こえて、わかった。ただのままごとではない。これは、彼女が、椿山椿が、『見えている』のだ。
彼女には、幻覚が見えている。
もちろん、クラスの全員がそのことに気づいている。しかし、彼女がどれほど椿山椿のことを好いていたのかもまた、全員が知っている。
だからこそ、彼女のことを皆が憐れんで、言い出すことができないのだ。
それでも何人かは、言おうとしてくれた。それは遠回しでこそあったが、しっかりと彼女の耳へと届いたはずなのだ。
彼女は頭がいいし、気配りもできるので、きっとわかってくれるだろうという見立てだったようだ。
だが、ダメだった。
第一、それで戻ってくるぐらいなら、そもそも幻覚なんて見たりしないだろう。
多分みんなにもそれはわかっていたのだが、いてもたってもいられなかったのだ。
気持ちは痛いほどわかる。
俺だって、こんな彼女を見たくはない。だから、いつも並んで歩く彼女のいない、反対側を見てしまう。
それがもう二週間続いている。医者やスクールカウンセラーにも相談したが、本人の問題だと言うばかりで、依然として彼女を戻すことはできていない。
それくらい、彼女は椿山椿が好きなようだ。
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