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N
「あの人がタバコを吸っていました」
六時間目が終わって帰る準備をしていたところ、彼女たち──開門朝日が脈絡も前触れもなくそう告げた。
ご丁寧に指まで差されて。
「…………」
当然ほとんどの生徒はまだ教室に残っているので、
「えー、最低」
「ねえ、先生に言いに行こう」
「死ね」
などと雑言が飛び交う。だが、例外なく僕へ嫌悪感を向けている。
当の僕は、未だ混乱の渦中にいた──わけではない。
もちろん僕はそんなことを侵してなどいない。
ただ、反論するよりも早く、弁明するよりも先に、『どうして』という疑問が生じていた。
「なんでそんなこと言うんだよ……」
身に覚えがない──タバコを吸った覚えも、そんな言いがかりをつけられる覚えも。
「嘘じゃないよ、わたしたち見たもん」
妹──夕日が言った。
一卵性双生児なので二人は相貌はおろか髪型も瓜二つで、同じ制服を着ていると顔で両者を見分けるのは僕でも難しい。
僕に──ほとんどの人にとってもそうだろう──判別が可能なのはひとえに、彼女たちの髪色が全く異なるからだ。
漆黒とも呼ぶべき黒の朝日。
純白と形容すべき白の夕日。
双子の片方がアルビノになることがあるのかは知らないが、今はそんなことはどうでもいい。
夕日はなにを見たんだ。
「夜中にタバコ吸ってるの」
「…………」
アリバイは、ない。
これが別の時間帯だと言うなら、弁明の余地はあったのだが、よりによって僕の所在を証明してくれる人が一人もいない夜だ。
親が仕事で出払っている時間帯。
それともそれを狙ったか──幼馴染ゆえ、あちらも僕の親の動向は把握しているはずだ。しかし何度でも、口を酸っぱくして言おう。濡れ衣だ。僕はなにもしていない。
わざわざ彼女に嫌われるというデメリットは、タバコによる快楽では到底収まらない──知らないが。
未だ解決の糸口のほつれすら見つからないなか、僕はその彼女──渥美因へ救いの視線を向ける。
長い前髪から覗く、いつもどおりの優しい笑顔を期待して──
その表情には、嫌悪、疑惑、憤怒、さまざまな感情が滲んでいた。
「────ッ!」
落胆と動揺は間違っても出せない。毅然としているからこそ、僕はまだ執行猶予期間にいられるのだ。
少しでも挙動不審になればその瞬間に負感情の蔓にからまれてしまう。
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