夏至

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 「ヒデ、今日はそれで終わりか?」 「はい!あ、後一件だけ電話がありました。」 サカキ先輩に答えながら、僕は最後のナットを締める。油染みの落ちない手袋がそろそろ破れそうだ。周囲には、終業直前の慌ただしくも和やかな空気が漂っている。 「営業に任せておいても良いんだぞ。」 「大丈夫です。修理内容に関してなんで、その場で答えれないといけないですし。」 「そうか。で、今日の飲み会欠席って?」 自分の作業着に着いた汚れを摘まんで確認しながら、先輩が尋ねて来る。 「あー、そうなんです。ちょっと用事あって……。」 「おおー?デートかあ?」 先輩はわざと大きな声で尋ねて来る。『デート』の単語に反応してサカキ先輩と仲の良いメンバーがワラワラと寄って来てしまう。 「違います!家の用事ですって!」 先輩に負けない大声で弁明する僕を、皆がニヤニヤ顔でからかう。同期のケンタに至っては、僕を後ろから羽交い絞めにして、正直に吐けとまで言ってくる始末だった。何とか終始家の用事と言う万能語を言い続けて切り抜ける。 「ヒデって実家、どこだった?」 「……市内だよ。」 ケンタの質問にどの辺?と言う追加質問が加わる前に、僕は電話をすると言って早々に事務所へ向かった。
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