君と眠る。

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 ようやく夜の寂寂たる闇に順応した私の瞳は特に意識するまでもなく、彼女の肢体を、印でも付けるように熟視していた。  腰まである黒髪は全て一つの流れを遵守して規律を乱すものはなく、その奥に何か大切なものでも隠すように真っ逆さまに閉ざされている。艶やかでつい触れて汚したくなる肌は眺めているだけでその感触がありありと両の手に思い返される。華奢な細い首。少し力を入れてしまえばきっと子気味いい音を立てて呆気なく折れてしまうことだろう。そうしたか弱さすら、私には強烈な魔性を秘めて見えた。  完成された彼女のシルエットを目でなぞっていると、彼女は歌を口ずさみ始めた。きっと眠っている私を気遣ったのだろう。声を抑えているせいで掠れ気味だった。 「……それは、なんという歌?」 彼女は答えない。代わりに何かを思い出したように立ち上がり、机の上のメモ帳から一枚を乱暴に破り取り、煙草を灰皿に押し付け、同じく机の上に転がっていたペンで何かを書きだした。私は起き上がらなかった。目を細めて、それを見ていた。  彼女は程なくしてペンを置いたが、そのままで動かなかった。微動だにせず、自身の筆跡を睨みつけるように俯いていた。その背中は駄々を捏ねる子供のようでもあったが、しかし同時に、拷問のために石を抱く咎人のようでもあった。静寂だけが私たちの間を流れ、私は彼女がいたはずの、ベッドの左半分に手を触れた。もはや彼女の温もりは残っていない。途端に裸のままそうしている彼女は寒くないだろうかと気になった。毛布をかけてやりたくなったけれど、私もやっぱりその場を動くことはしなかった。彼女は、それを望んでいない。
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