わたしの猫

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わたしの猫

 庭に一匹の猫がいる。勝手にそこに居ついたというわけではない。  私が餌付けたのである。  家の庭には小さな池があって、数匹の錦鯉を飼っている。  ある朝いつものように鯉の餌やりをしていると、丸くてやわらかそうなものが庭木の盛り上がった根方に、そっと置いてあるのに気づいた。  娘がぬいぐるみを出しっぱなしにしたのだろうと、のんびり腰を上げた。すると、その目が私を見上げた。  ──猫か。  近寄ろうとすると、前脚に力が入りそれ以上近づくなよ、という顔でこちらを睨む。  私はゆっくりと腰を下ろし、餌やりを続けた。ほどなく猫も腰を落ち着かせた。  全体に白の割合の多い三毛猫であった。  何の気なしに猫からすこし離れた辺りに、鯉の餌をひとつ摘んで投げてみた。地面を何度かはねて転がっていく粒の動きに合わせて、猫は首をひねった。腰を浮かせ首を伸ばし、そこへ行こうかどうか迷っている風である。迷った末に結局あきらめて、じっとこちらを見遣る。その目つきがどうにも良くない。  ──ちょっと遠いんだよアンタ、と言いたげな目なのだ。   もうひと粒、猫の近くへ放ってみる。こんどは迷うことなくスッとそこへ降りてきて、ニオイを確認し口に入れた。  思わず「あっ」と小さな声が漏れてしまった。自分で与えておいて驚くというのもおかしなことだったが、鯉の餌を猫が食べることなど予想していなかったのである。  猫はちょっとこちらを見て、最初に投げてあった物のほうへ近づき、同様に口に入れた。カリッという乾いた音が聞こえてきた。  つづけて何粒か放った。猫は一連の動作で、それを食べた。  すこしづつこちらに近づくように、その粒餌を与えてみる。猫は物欲しげな顔をしながらも、ある程度の距離を残して近寄ってこなかった。  以来、猫は毎朝そこに現れた。  私は猫の餌付けに夢中になった。あのやわらかそうな身体に触れる日も、そう遠くないような気がした。ところが、いつまでたっても互いの距離は縮まらなかった。
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