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ではなく、私は彼に一言物申したかった。
「貴方さ、いつまでそれを続けるつもり?」
「それって?」
私が眉間に皺を寄せながら言うと、彼はキョトンとした顔で聞き返してきた。
まぁ、尤もな反応だ。
私はそんな彼に、背後の窓に寄り掛かりながら腕組みをして言う。
「その"良い人"をだよ。良い人だなんてよく言ったものだけど、結局は誰かにとっての都合の良い人間という意味でしょう?現に、今も都合よく誰かに使われている。見返りも求めずにただ、求められるがまま"良い人"であり続ける。そこに本当の貴方はいるの?貴方は本当にそれでいいの?」
「……」
思わず、問い詰めるような口調で言った私に、彼は珍しく真顔になり、無言になった。
そんな彼の様子を見て私はハッとする。
急に何クラスメイトに説教たれてるんだ私!!
「いや、ただのクラスメイトが口走りすぎた。ごめん忘れて。」
冷静になった私が彼に謝罪すると、彼はそんな事聞いておらず、口元に手を当てて思案していた。
そして、何か合点がいったのか、私の方を見て少し目を見開いた。
「………そうか、君が…」
そう呟いた彼は直後、見たこともない柔らかな笑顔でこう言った。
「……ありがとう。」
ふわりと、辺り一面に、教室中に、花が咲いたような錯覚に捕らわれた。
何時もの張り付いた人の良い笑顔ではなく、本当の、心から浮かべられた彼の笑顔に、私はとてつもなく動揺した。
その笑顔は、柔らかな木漏れ日のようで、辺り一面に花が咲いた春のような、温かで優しいものだった。
何故、そんな風に笑ったのかは全く理解できなかったが、そういう感情を向けられることに慣れてなかった私はぶっきらぼうに告げる。
「別に。……もう帰るから。」
私は動揺を悟られないよう、鞄を引っ掴むと早足に教室を後にする。
「あっ、ちょっと!わぁ!!」
バサバサッ!
背後から好野くんの呼び止めようとする声と悲鳴、そして再びプリントが落ちたであろう音を耳にしながらも、私は振り返ることなく帰路へと就いた。
その翌日からだ。彼が私にやたらと話し掛けてくるようになったのは…。
どうも私は彼に余計なことを言ったらしい。
私は再び心中で深い溜め息をついた。
これから先、何も起こらないといいけど。
ふと抱いた不安は後に事実として訪れることを、このときの私はまだ知る由もなかった。
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