1人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
私の仕えるお嬢様――といってももうとうに成人されているのだけれど――は、よく眠っている。朝が来ても、声をかけても、ご飯ができても、起きたりはしない。
どうやら、おねむの時間が日増しに長くなってしまっているようだ。
ずっと前に、「んー」と言ったのが始まりだっただろうか。
「ちょっとおねむみたい」
子どもの頃にそんなことを言っていたのを笑っていられた幼馴染の自分は、もういない。今では、お嬢様に仕えるメイドであり、そして、もう1つの肩書きを持たざるを得ないのだから。
私は、意を決して大声を張り上げる。
「お嬢様……、――起床!」
「――っ!?」
飛び起きる、わがお嬢様。うん、可愛い。幼い頃から変わらぬ姿に微笑ましさすら浮かんでくる。でも、気を抜いてはいけない。ここで手を緩めるとまた眠ってしまう。
「朝食!」
「いただきます」
もきゅもきゅ。
そんな擬音が似合う食べ方をしているお嬢様を見つめる、至福のひと時。けれど、朝食が終わったら、こんな平穏も終わりだ。それを察してか手が止まる彼女を促して、そして、今日も。
「ごちそうさま」
「うん、それじゃあ行きましょうか」
「行かなきゃダメ?」
「駄目」
「そっかぁ~」
「ほら、みんな待ってるから」
肩を落とす彼女を押し出すのも、私の役目。背中を押して、鼓舞して、時には叱咤して。今日は「みんなが待ってる」という説得だけでどうにか連れていけそうだ。
そしてここからは、お嬢様とメイドじゃない。
「今日は、どこまで進む予定?」
「うーん……、たぶんシュラフゲヘナまで進むと思う」
「そっかぁ、いよいよ近くまで来たね」
「うんー」
不安げに曇る彼女の顔。ん、と訊いた私に、「大丈夫かな」と囁いてくる。私の答えは決まっている。
「大丈夫。ここまで頑張ってきたでしょ? それに、私たちもいるんだから。いくらでも、頼りなさい」
「……うん」
不安そうに、だけど少し安心したように力強く頷いた彼女を連れて、仲間のもとへ向かう。茶化すような視線を受け流して、今日も私たちは旅立つのだ。
魔王の呪いでいつか眠ったまま目を覚まさなくなることが運命づけられた勇者を護る騎士として、魔王を倒すための旅路を続ける。唯一魔王を倒せる力を持つという彼女が、起きられなくなる前に。
世界と彼女の未来を救うために。
最初のコメントを投稿しよう!