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一、葵との出会い
男たちが敗戦を終戦と言い換えた昭和二十年の秋、私は、八年間恋焦がれた男を手に入れた。
私は倫子。年号が昭和に変わる前の年、京都の農村で自作農の長女として生まれた。贅沢こそできないが、我が家には一町の田畑があり、七人家族が食うに困ることはなかった。
小さなころから私は自分が美しいことを自覚していた。周りの大人たちが私の顔を見るたびに『この娘はほんまにかわええなぁ』『村一番の別嬪はんになるんとちゃうか』と、褒めそやしたからだ。
小さな世界で、こんなふうに讃えられて私は心の中で天狗になっていた。そして十のとき、自分が美しいだけではないと知る。
庭で話す近所のおじさんと父の会話が偶然耳に入ったのだ。ふたりは私が尋常小学校から帰宅したことに気づいていなかった。
「倫子ちゃんは美人なだけやない。もう妙な色気を持っとる。将来が楽しみやな」
おじさんは赤茶けた顔を破顔させた。
「こんな村で、どんな将来がある言うのんか」
父もまた赤茶けた顔で笑った。
「地主はんのとこ、息子がふたりおるやろ」
私は、そのとき初めてそんな選択肢があることを知った。地主の家では毎日白米どころか、肉や魚も食卓に出てくるそうだ。嫁いだら、弟妹にもいいものを食べさせてあげられる。まだ恋を知らない私が地主の息子に感じる魅力はそこしかなかった。
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