二、倫子の結婚

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 翌年の秋のこと、一色家の長男、篤さんが村に帰ってきた。葵さんより二歳年上の二十三歳。京都帝国大学の医学部を卒業ののち軍医教育を経て出征が決まったので、一ヵ月間、故郷の村に滞在するそうだ。  折角の里帰りだというのに村民を診療するという。  篤さんの専門は小児科だが、無医村に京大卒の医師がやって来たとあって、年寄りたちが押し寄せた。しかも無料なのだ。今診てもらわずしてどうする。  そんな折、一番下の弟、五歳の高志が庭の木から落ちて膝を地面に強く打ちつけた。とても痛がっている。普段なら冷やしてやるぐらいしかできないが、幸い、今、うちの村には小児科医がいる。  それよりも何よりも私は葵さんの兄をひと目見たくて仕方なかった。もし面影があれば葵さんに会えたような気になれるかもしれない。  私は「骨折してたら大変やから」と、高志をおぶって一色家まで連れていく。邸は大きく、門構えも立派で、近づくにつれて緊張していったが、表門は閉じられており『臨時診療所は裏口からどうぞ』という貼紙があった。裏手に回ると人が並んでいたので、ほっとして最後尾につく。患者用に椅子が並べてあったので高志をそこに座らせた。     
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