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一時間待つと順番が回ってきた。使用人住居と思われる藁葺き屋根の離れが診療所になっていて、その小さな三和土を上がる。そこは、がらんとした板張りの和室で、少しばかりの医療器具があるだけだ。
机に座る葵の兄は大柄で日に焼けていた。私たちを認めると、大口開けて破顔した。患者としては安心できるタイプだ。だが、陰のある弟とは似てもにつかなかった。
彼が向かい合う椅子に高志を座らせ、腫れている膝の周りを触っては、「ここは痛うない?」「ここは?」「膝、曲げられるんか?」と、優しく尋ねるので、人見知りの高志もちゃんと答えることができた。私は胸を撫でおろす。偉そうにしてもおかしくないのに、小児科医というのは皆、こうなのだろうか。
「骨折とはちゃいます。内出血しとるから湿布だけ貼っとこか」
篤さんが高志の膝に器用に湿布を貼り、包帯を巻いてくれた。
私は礼をして、布でくるんだお金を差し出す。いくら無料とはいえ謝礼ぐらいと思ったのだ。
「おおきに、ありがとうございます。これ、気持ちだけで恐縮どすが……」
彼は安心させるようににっこりと笑い、「そういうのはええ。どなたからも、もろうてへん」と、固辞したので、私は「申し訳あらしまへん」と、何度も深々とお辞儀をして退室した。
葵さんの兄がいい人で、私はとても嬉しくなった。
でも、全然似ていない。
私は余計に葵さんに会いたくなっていた。葵さんを見たい。一目でいいから見たい。
竹槍でアメリカに勝つだとか『前向き』な考えに、ほとほと嫌気がさしていて、葵さんの皮肉な笑みに救いを求めていた。彼のように兵役から逃れて生き延びることこそが『前向き』なのではないのか、本当は。
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