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5月の水辺
今年の5月は肌寒い。
いつもならサンダルを履いてもいいくらい暑い日が続くのに、着物だって、単(ひとえ。6月から9月に着る、裏地のついていない着物)を着る人も多いくらいなのに、どうしたことだろう。
田んぼは水が張られ、田植えの真っ最中だ。
水田が連なるこの地域は、のどかで、心地よく、美しい。
用水の流れる音が聞こえ、涼やか。
農道を歩けば風が気持ちよく、黄昏時には日の沈みきった薄明るい空と街の明かりが水面に映り、そこが田んぼだと忘れるほど。
そんな景色は今年は少し冷たく感じて、いっそうきらびやかに感じる。
そもそも、少し前まではこれが当たり前だった気もする。ここ最近が異常すぎたのだ。
冬が終われば春を通り越して夏。夏が終われば秋を通り越して冬。そんな極端な季節の移り変わりに、体が身構え過ぎていた。
すぐに衣替えの準備をするほど、潔かったいままでとは対照的に、引っ張り出してきた半袖のチュニックと一緒に、クリーニングに出せないコートやセーターがまだ引っ掛かっている。
ふと、自分の恋を重ねる。今までならすぐに切り替えられた。大人になって、いくつも恋をしたけれど、どれも跡を引かなかった。なのにまだ、忘れられない恋をしている。
幼い頃の長い片想いのように、自然と消えてくれるまでに時間がかかっている。
寒い。
まだ寒い。あたたかい羽織ものに包まれていなければ、冷えきってしまう。
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