5月の水辺

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私は黙って目を背ける。 どうしてこんなことに。 もはやまともに音楽鑑賞をする心地ではない。 なのに、 「今は楽しもう」 その言葉が頭上から降ってきた。 チューニングから始まり、かわいらしい童謡の曲が流れて、よく知る映画の挿入曲をただ右から左へと流れるように聞いていた。 私は気づけば、彼の手を握っていた。 心はここになかった。 アンコールすらまともに出来なかった。 大丈夫じゃなかった。 ちっとも、私は胸を張れていない。 まだこんなにも、彼が好きだ。 触れただけで、鼓動が高鳴る。 息の仕方も、唾の飲み込み方もわからない。 だんだんお腹が痛くなってきて、私はアンコール演奏の途中で席を立ってしまった。 着物だから、隣の人の前をすり抜けるのが難しい。 今日初めて、着物が煩わしかった。 私を呼び止めようとする彼を振り切り、ホールを出た。 御手洗いとか、帰りのバスの時間だとか、そんなことを言って出ればよかったのに、心配した彼が私を追いかけてきた。 「来ないで」 「どうした」 どうした、じゃない。 どうかする。こんな状況でよくここまでもったと我ながら思う。
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