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なぜ。
フェミニストな彼だから、ただ単に心配で、あえてそう言ってこの場を収めようとしているのだと思ってはみても、その言葉の破壊力は尋常ではない。
諦めて、この近くのビジネスホテル数件あたってみたが、あいにくどこも満室だった。
渋々シティホテルにもかけてみようとしたとき、ため息をついた彼が、私に言った。
「もう帰ろう」
ざわざわと、ホールのざわめきが聞こえてきて、聞き終えた人たちが出てきたのだとわかる。
突然腕を捕まれ、引きずられるかのように、エスカレーターで下へと降りた。
帰るとは一体...。
ビルの前でタクシーを拾う。
告げた先は、間違いなく、彼のマンションのある町だった。
「先輩、やめて」
彼は懇願する私を見て微笑んだ。
「ホテルが見つからないんじゃな」
強引かと思えば、今度は優しい顔をする。
こんなことくらい平気だろうと、私がもうあなたを忘れただろうとでも思ってるの?
それとも、まだ未練が残っているのをわかって弄んでるの?
「止めてください」
私は運転手にお願いする。
「おい」
「この辺でいいの?」
運転手も困ったように聞いてきて一向に止める気配はなかったが、もう一度お願いしますと言うと、地下鉄の出入り口付近に停めてくれた。着物の裾をたくしあげて腰を上げる。
「みづき」
降りてもどうにもならない。
諦めてくれることを願ったけれど、彼も一緒に降りてきた。タクシーは待たせてあるらしい。
「この辺りは危険だから、行こう」
涙が頬を伝う。
目頭が熱い。
「お願い、これ以上、」
抱きしめられて、それ以上何も言えなくなる。
彼の香りに包まれた途端、もうどうでも良くなった。
本当はこうしてほしかった。
縁が戻らないとわかっていても、愛しさが止まらない。止められない。
私は、促されるまま、再びタクシーに乗ってしまった。
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