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背後に気配を感じた瞬間、右から手がのびてきた。重ねるように音が鳴る。
そして次に左側でベースパートが始まる。
背中で感じる彼の体温。
だめだ。今度は音を止めちゃだめだ。
けれど一度止めたあの曲の終わりなど想像できなくて、終わりが見つからなくて、単調なメロディになっていく。
それを感じ取った彼が、低音を指差したので、私は左にずれて低音に指を置き換えた。
右の主旋律を弾き始めた先輩と椅子を半分こに座り、そのままタイミングを合わせて、曲を終わらせた。
「ワインでいい?」
「何でも」
「こぼしたらいけないから、着替えておいで。部屋着、置いといたから」
そう言われたけれど、私はその場で帯をほどき、着物を脱いで、長襦袢の姿になった。
それを、彼は止めもせずに見ていた。
足袋を脱いで素足になる。
ストールを肩から羽織った。
何も言わずにソファに座って、ワイングラスを手に取った。
ワインは飲みやすい、フルーティーな香りの赤だった。
会話は今日のコンサートに戻り、選曲の意図の推測、演奏の評価をしたり、トークタイムの小咄を思い起こしたり、当たり障りない内容だった。
ここに来たときの恒例、世界的指揮者によるオーケストラのCDがいつの間にか掛かっていた。
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