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「お母さんのことは聞いてる。辛かったね」
「気遣ってくれてありがとう」
「こっちへは戻らないのか」
私はワイングラスを手にしたまま、ただその液体をぼんやりと見つめて、返事を考えた。
「お父さんがいるもの。一人なの。それに仕事も見つかったし、何も不自由ないの」
「君が幸せならそれでいい」
彼はワインをのどに流し込むように飲んだ。
また、手酌でワインを注ぐ。こちらにも注ごうとしてくれたが、私はやんわり断る。
「寝るならベッドを貸すからそっちに」
「ここで構いません。毛布1枚あれば貸してください」
起こり得ないだろうに、警戒して思わずまた敬語に戻る。
距離を測りかねる。
先輩は寝室から毛布を持ってきて、私にかけてくれた。そのまま髪にキスが落とされて、おやすみと告げられる。
「シャワーはいつでも浴びてくれて構わないから」
「おやすみなさい」
ちっとも眠くはなかったけれど、ソファに横になって、彼がグラスを片付け、シャワーを浴びに行き、髪を乾かして、寝室に向かうまで、寝たふりをして起きていた。その扉が閉まり、静まり返った頃に、私はこっそり起き上がる。元々バスで帰るつもりだったから、バッグに化粧落としのシートを入れていて、それでやっとすっきりできた。
そしてもう一度毛布にくるまり、気づけばうとうとと眠りに落ちていた。
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