23人が本棚に入れています
本棚に追加
/95ページ
駅前の商業用ビルの1階に、オシャレなカフェがあった。目の前には小さな人工の緑地と、やさしく流れる水の演出。都会らしい、大がかりな空間のつくり方だ。
クロックムッシュとコーヒーを頼み、窓際で都会のオアシスを眺めていた。
向かいには彼。
コーヒーと、サンドイッチ。
テーブルにタブレットを置いて、今日のニュース記事を読んでいるらしかった。
昔と同じ。ここに来るときは決まってそう。
あの頃と同じ光景がそこにあって、彼女に戻ったような感覚だった。
モーニングを早く終わらせまいと、私はクロックムッシュが冷めてしまうのも厭わずに、ゆっくりと口にしていた。
特に会話はない。
私もスマホを弄り、昨日のことを心配した友人の連絡にどう返すか悩んでいた。
こうなったら彼女に会ってから帰ろうか。
いや、もう帰りたい。
私の居場所はもうあそこだから、答えは出ている。相談することなど何もない。
また未練を残して、ここを去るのだ。
彼に見送られて、私は改札に入る。
振り返ればまだそこにいて、軽く手を掲げてくれた。
私も小さく手を振った。
手につられて袖が揺れる。
これを人は、恋しいと喩えたのだった―――。
『5月の水辺』-完-
最初のコメントを投稿しよう!