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夢の浮き橋
倦怠に塗れた身体を引き擦ってソファに辿り着くと、手足を投げ出した。
くすんだ緋色の獣皮が上げる抗議の軋りを黙殺して、頭上の映写機を起動させる。控え目な冷却ファンの動作音に耳を傾けていると、やがて深夜のリビングの白壁に神経質そうな細面の男が浮かび上がった。
オールバックに撫でつけた黒髪、頭を深く垂れた姿勢で瞑想するかの如くピアノに向き合って演奏する彼の姿は、懺悔室の告解者をいつも連想させる。麻薬禍に痩身を苛まれながらも鍵盤を奏で続けたその両手は、どんな罪科を旋律に吐露しているのか。
溜息の勢いを借りて、サイドテーブルの上で硬い輝きを湛えている硝子の塊に手を伸ばす。酒精を湛えて淡い琥珀に揺れる杯。一口含むと泥炭とシェリー樽の芳香が綯い交ぜになって吐息を混濁させる。
ドラム、ベース、そしてピアノのジャズトリオをモノクロームの粒子が描画する。彼らの狭間に行き交う牽制、焦燥、そして抑制の陰に確かな挑発。旋律を重ね合わせた果てに垣間見える昇華を目指して、小刻みの波濤を最高潮へと漸近させてゆく。
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