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「そろそろトイレの電球が切れると思いまして、取り替えに来ました」
便座の上に立つと古い電球を常に着用しているエプロンのポケットに入れ、慣れた手つきで電球を取り替えた。これも大家の仕事なのだろうか。
「コレ、どうぞ」
「……時計?」
シックな黒の置き型時計を手渡されきょとんとしていると、彼女はそれを奪い取った。
「時間を合わせていきますね」
電球を取り替えに訪れた意味も、時計を手渡された意図も、パソコンの前で微笑んだまま顔色が窺えない彼女の不透明な行動に、俺は為す術なく眺めているしかなかった。
立ち振る舞いが、ひどく威圧的なのだ。
作業中に接近しようものならば、首を狩らんとばかりの空気感が漂った。
俺の部屋にいるというのに、土足で他人の部屋に踏み込んでいる気分になった。
「パソコン周辺が生活の基本ですか?
他に座っている場所とか、時折ここで引きこもっているとか、人からすると面白い習性とかないんですか?」
最初から最後までおかしなことを聞かれている気がするのだが、捉え方が違ったのだろうか。
「えっと……」
思考を巡らせる振りをして彼女の表情を確認したが、先ほど同様に微笑んでいるだけだが些か真顔にも思えてきた。
彼女の心が読めない。
「もう良いです。適当に見当をつけさせて貰いますから」
顔を引きつらせて声を発しない俺に痺れを切らし、彼女は部屋の物色を始めた。
「ちょ、ちょっと!」
間取りを知り尽くした彼女は部屋を眺めると、ベッドと家具を交互に見た。忙しない視線と交わったのは、クローゼットの取っ手だった。
幸い。解放されたクローゼットにはスーツとYシャツ、冬に羽織るコートだけで、仕事に関係のない衣類は収納していなかった。
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