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 あれはまだ、俺が別マンションに住んでいたときだった。 世間は皆既月食で盛り上がり、今か、今かと明るい空を仰いでいた。  取引先に謝罪し暗澹とした気持ちで帰宅していたため、地面しか視界に映らなかった。 顔を上げることが億劫だったのもあるが、謝罪した人物の頭部が綺麗な無毛で、嫌なことを思い出しそうでもあった。 「はぁ……」  これは何度目のため息だろう。 「はあ……」  考える間もなく、ため息がこぼれる。  社会人四年目。 緩いミスは何度かあったが、大きなミスは今回が初めてだった。 「君の小さなミスには散々目を瞑ってきたつもりだったが、まさかここまであからさまな大きなミスをしてくれるとは、我々を馬鹿にしている他ないと思ったよ」  怒鳴ることも忘れるほど冷静沈着な相手方の言葉遣いに、頭を下げたまま萎縮するしかなかった。 「君にはがっかりだ……本当に残念だよ」  呆れ果てたなれに叱責されず、口を挟む間もなく、威厳を放ちながら退室されると、落胆と同時に不要の烙印を押された。 取引継続を願うことも、言い訳することも叶わなかった。 積み重ねてきたものは功績ではなく、罪過しかなかったということなのだろう。 否、信頼を裏切ってきた俺には、当然の報いだったのかもしれない。  その後は、上司が赴き担当を外され、俺が逆立ちしても勝てない同僚に仕事が引き継がれ、事なきを得た。  もし、上司の意見も耳に貸して貰えなければ、俺は今頃、首が飛んでいた。
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