十二章

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小説の中の「私」のように、夏基は私の行動に驚き身体を離そうとしたけど、私は「直子」のように、彼のほおを逃がさないように捕らえる。 予想以上に効いたようだ。気が済んで離してあげると、夏基が見たことないくらい顔を真っ赤にして、動揺している。 おかしいやら、……愛しいやら。 「おっまえ……どこでそんなん覚えてきた!」 私はにっこり笑って本棚を指差す。 「探してごらんよ。いつでも見にこれるんだし」 夏基の恨めしそうな反応が小気味良い。 もっと見たい。どうやら私は彼に対して欲が尽きないみたいだ。 「夏基」 私は耳元でささやく。 「……大好き」 恥ずかしそうにしている夏基を前にしたり顔をしていたら、夏基の目がギラリと光った。 強引に唇を塞がれて、同じキスを返される。逃げようと少し暴れてみたけれど、夏基に力で敵うはずがなく、私はされるがまま唇を奪われ続ける。 やばい、さっき自分でやっといてなんだけど。 意識が、飛びそう。 形勢逆転、今度は夏基が私にしたり顔をした。 「あまり俺を舐めるなよ?」 私は先ほどの夏基と全く同じ顔をして睨んでいたけれど、次第におかしくなって、二人で顔を見合わせて笑い合う。 「……按理(あんり)」 「何?」 夏基が耳元に口を寄せ、めいいっぱいの甘い声でささやいた。 「……愛してる」 若気の至りも甚だしいだろうか。私は生涯夏基以上に好きになれる人に出会えない自信がある。 この人を手に入れる為なら立場なんて関係ないと、 本気で思った。私は目の前の恋人に向かって微笑む。 「そっくりそのまま、同じ言葉を返そうかな……愛してる」 夏基が少し目を丸くした。まさか私の口からそんな言葉が出るとは思っていなかったらしい。 「ちゃんと言葉にして欲しいんでしょ?」 たまには、素直に言ってあげるわよ。 「……お前にしては上出来だ」 夏基は子どものように無邪気に微笑んで、私をぎゅっと抱き締めた。
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