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「武士も楽ではないがのう」
三郎は身の上を語りだした。
「父は討ち死にし、すぐ上の兄者は病で死んだ。一番上の兄者は家を出た。向洋の親族から、子のない商人が跡取りを欲しがっている。三郎を養子に出したらどうか、と声がかかったこともある。兄者のいた三年ほど前のことだ。領地を失ったとはいえ、わが鷲尾家は武門の家柄じゃ。いかに相手が分限者とはいえ、そのようなまねができようか……もっとも、いまさら頭を下げたところで、わしは算術どころか文字も満足に書けぬが」
確かに、習い事をしている様子はない。
暮らしに余裕がある武士の子は七歳頃から十三歳頃まで寺に預けられて漢字、和歌などを学ぶのだという。
「兄者は備後の安那実秀様のもとで働くことになっておったが、そこへ向かう途中で行方をくらませた。以来、生死も分からぬままじゃ。ならば、わしが、おかあや先祖の期待に応えねばなるまい。武士としての腕を磨くが出世の糸口よ」
生き方は、それぞれだ。
ましてや相手は人である。
にもかかわらず言葉が口をついて出た。
「算術や文字の読み書きは、習っておいた方がよかろう」
おばばは、毛皮の相場も算術もわからず騙された。
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