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「そんな馬鹿なことはあるまい。男と生まれたからには志があろう」
と、驚いたように身を乗り出してきた。
「男と生まれたからには名を残したくはないか? イダテン。おまえならできるぞ」
そのようなことは考えたこともない。
万一、残ることがあるとしたら、父がそうであったように汚名を着せられてだろう。
「……おまえにはあるのか?」
「おお、あるとも」
良くぞ訊いてくれた、とばかりに目じりを下げた。
が、急に真顔になって続けた。
「おまえ、ではない、三郎じゃ。わしには三郎という名がある……良いか、これからは、そのように呼べ。友とはそうしたものだ」
そういって、言葉を切った。
名を呼ぶのを待っているのだろう。
だが、それに応えることはできない。
大望も友も自分には無縁のものだ。
拒まれたことが分かったのだろう。
三郎は、ため息をつき、近くのすすきに手を伸ばし、穂をむしった。
握りしめた手の平を開くと数えきれないほどの白い穂が盛り上がる。
その穂を風が一つ残らず空に舞いあげた。
三郎は、じっと見つめている――なにひとつ残っていない手の平を。
「わしの望みは……鷲尾の家を再興することじゃ。昔から貧しかったわけではないでな」
三郎は語り始めた。
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