288人が本棚に入れています
本棚に追加
第二十九話 平穏な日々
おばばの遺言などなくても、人と交わるつもりはなかった。
しかし、姫の提案を断ることなどできそうになかった。
姫が親族から借りたという書物が目の前に積み上がっている。
いずれも建築に関する書物だ。貴重なものであることは、老臣の様子からも見て取れた。
むろん、鬼の子に見せる、などとは言わなかっただろう。
むさぼるように読んだ。
正しくは見た。
図だけを眺めてもすべてを理解することはできない。
悔しいが、読めない文字も理解できない言葉も算術もあった。
持ちだせないと聞き、姫にもらった紙に書き写した。
紙は高価なので小さな文字で、ちまちまと書いた。
人からものを教わるなど、考えたこともなかったが、すべてを理解したいという誘惑には勝てなかった。
読み書き、算術を学ばねば、これらを理解することなどできない。
持読とやらを受け入れるほかあるまい。
帰り際に老臣が一言つけ加えた。
「作りたいものがあれば材料や道具はこちらで用意する。遠慮なく申しでよ」
思ってもいなかった提案だった。
その日以来、毎日夢を見るようになった。
父と母の、あの夢だ。
骨と皮になりながらも仏に感謝して手を合わせるおばばの姿だ。
最初のコメントを投稿しよう!