288人が本棚に入れています
本棚に追加
見慣れたはずの夢にもかかわらず、異様なほどの寝汗をかいた。
食うに困らず、襲ってくるものはおらず、学びたいことを学べ、平穏な日々が続く。
これこそが、イダテンの望んでいた暮らしのはずだった。
にもかかわらず落ち着かなかった。
心がざわついて仕方がなかった。
人は、これを――このような気持ちを言葉にするのだろうか。
「怖ろしい」と。
*
出入り口の板戸が派手な音をたてた。
勢いにまかせて閉めた三郎をヨシが叱っている。
市に買い物に出かけていた三郎たちが帰ってきたのだ。
イダテンも誘われたが、まわりが怯えるだけだと断った。
なにより、邸に足を運び、建築関係の書物に目を通しておきたかった。
学ぶということが、これほど面白いとは思わなかった。
「イダテンー。見て! 見てー!」
ミコが洗った足も乾かぬうちに、駆け寄ってくる。
「ほらー。イダテンとおなじだよー!」
鮮やかな赤い紐で括った黒い髪の毛を指差す。
「それから、それから」
手に持っていた下駄を掲げて見せる。
赤い鼻緒がついている。
「おそろいなの」
「家の中で履くと言ってきかぬのじゃ」
「だって、土の上ではいたら、よごれるもの」
最初のコメントを投稿しよう!