第二十九話  平穏な日々

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見慣れたはずの夢にもかかわらず、異様なほどの寝汗をかいた。 食うに困らず、襲ってくるものはおらず、学びたいことを学べ、平穏な日々が続く。 これこそが、イダテンの望んでいた暮らしのはずだった。 にもかかわらず落ち着かなかった。 心がざわついて仕方がなかった。 人は、これを――このような気持ちを言葉にするのだろうか。 「怖ろしい」と。      * 出入り口の板戸が派手な音をたてた。 勢いにまかせて閉めた三郎をヨシが叱っている。 市に買い物に出かけていた三郎たちが帰ってきたのだ。 イダテンも誘われたが、まわりが怯えるだけだと断った。 なにより、邸に足を運び、建築関係の書物に目を通しておきたかった。 学ぶということが、これほど面白いとは思わなかった。 「イダテンー。見て! 見てー!」 ミコが洗った足も乾かぬうちに、駆け寄ってくる。 「ほらー。イダテンとおなじだよー!」 鮮やかな赤い紐で括った黒い髪の毛を指差す。 「それから、それから」 手に持っていた下駄を掲げて見せる。 赤い鼻緒がついている。 「おそろいなの」 「家の中で履くと言ってきかぬのじゃ」 「だって、土の上ではいたら、よごれるもの」     
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