第二十九話  平穏な日々

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「イダテンに見せたんだから、もう土間に置きなさい」 と、ヨシから言われ、 「だめーっ、明日までだめ。そばにおいてねるの」 「ねえねえ、これも買ってもらったんだよー」 と、言いながら鬼灯色(ほおずきいろ)の衣を羽織り、ぐるぐると回った。 「わしはこれじゃ。おまえにと選んでみた。色目もなかなかのものであろう」 包みを広げると、黒に近い濡羽色と竜胆色の大きな布、さらには手甲や脛巾に加え括袴まであった。 これを使えば髪の毛だけでなく腕や足も隠せよう。 人のいるところに出ても目立たないようにという配慮だろう。 「それから、おかあからだ」 「数は少ないのですが」 と、差し出されたのは紙の束だった。 姫がくれた物に比べれば質は悪い。 それでも、紙そのものが贅沢品なのだ。ずいぶんと高かったに違いない。 「このようなものは受け取れぬ」 三郎は、「相変わらずじゃのう」と、いいながら、 「おまえの作った、釣瓶車ひとつで、どれだけここの暮らしが楽になったことか……忠信様から礼として銭と布も出た……おおっ、ほれほれ、そのような顔をする。どうせおまえは受け取るまいと、われらに渡されたのだ」 三郎たちが礼を受け取ったことに不満があったのではない。 むしろ驚いたのだ。 自分が作ったものに対価を払おうという者がいることに。     
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