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第三十話 鷲尾三郎義守
東対の孫廂に墨をする音が響く。
姫、肝いりの手習いが始まった。
几帳で仕切られ、炭壺がいくつも置かれ暖かい。
だが、そこにはイダテンと、三郎、そしてミコの姿しかない。
強制ではないとはいえ、参加する者がいかにも少なかった。
理由は様々だろう。
畏れ多い。
失礼があってはならない。
着ていく衣がない。
また、貧しい者ほど、幼いうちから親の仕事を手伝っている。
断れぬ立場のはずの喜三郎や九郎たちも、世話をしている幼き者たちが、イダテンを怖がるとの理由で姿を見せなかった。
確かにそれもあるのだろう。
だが、それとは別に、イダテンと親しくなった三郎を許せぬのだろう。
自分が原因だけに、どうしてやることもできなかった。
自分が、この地を離れたのちの和解を期待するしかない。
思いを振り切るように読み書きを学んだ。
自分でも驚くほどの吸収力だった。
一人で学べるよう、いくつかの書物も借りられることになった。
三郎は目を輝かせ、元服したときの名前の相談をしていた。
漢字にしたらどうなるのかと。
「ヨシノモリですか、ずいぶん古風な……ああ、皇子様の供をした先祖の名ですね。立派な名を継ぐのですね」
「名前負けといわれそうですが」
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