第三十話  鷲尾三郎義守

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常とは違い、三郎があらたまった口調で答える。 「よい、励みとなりましょう」 姫は、照れる三郎の目を見て微笑んだ。 「そうですね。今であれば……」 筆をとり、いくつもの候補をあげた。 三郎は意味を問い、考え込んだ。 結局、「義守」が気に入ったようだ。 ミコの名は、正式には倫子(みちこ)らしい。 姫の書いた手本を真剣に写している。 それは(いみな)と言うもので、特に男の人に教えてはならないと注意されていたが、 「イダテンにも?」 と、尋ね返し、姫の笑いを誘っていた。 『長恨歌』を書き写していると、姫が丁寧にたたまれた赤墨色の直垂を、イダテンの前に置いた。 なにごとかと顔を見ると、 「袖口がほつれていますよ」 と、微笑んだ。 確かに筆を握った右の袖口にほつれがある。 山に入った時に引っかけたのだろう。 「繕いましょう」 言っている意味がわからない。 「できるのか、という顔をしていますね。料理などはやらせてもらえませんが、衣の仕立ては妻の仕事。これだけは習わせてもらえるのですよ」 仕立てや針仕事が、できるのか、できないかではない。 鬼の子の衣のほつれを直そうという感覚がわからない。 気になると言うなら誰かに任せればよいだろう。       *
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