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常とは違い、三郎があらたまった口調で答える。
「よい、励みとなりましょう」
姫は、照れる三郎の目を見て微笑んだ。
「そうですね。今であれば……」
筆をとり、いくつもの候補をあげた。
三郎は意味を問い、考え込んだ。
結局、「義守」が気に入ったようだ。
ミコの名は、正式には倫子らしい。
姫の書いた手本を真剣に写している。
それは諱と言うもので、特に男の人に教えてはならないと注意されていたが、
「イダテンにも?」
と、尋ね返し、姫の笑いを誘っていた。
『長恨歌』を書き写していると、姫が丁寧にたたまれた赤墨色の直垂を、イダテンの前に置いた。
なにごとかと顔を見ると、
「袖口がほつれていますよ」
と、微笑んだ。
確かに筆を握った右の袖口にほつれがある。
山に入った時に引っかけたのだろう。
「繕いましょう」
言っている意味がわからない。
「できるのか、という顔をしていますね。料理などはやらせてもらえませんが、衣の仕立ては妻の仕事。これだけは習わせてもらえるのですよ」
仕立てや針仕事が、できるのか、できないかではない。
鬼の子の衣のほつれを直そうという感覚がわからない。
気になると言うなら誰かに任せればよいだろう。
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