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「わたくしは、この地がとても気に入っておりますよ」
北の方が、主人の方に向き直ったのが、御簾越しに見えた。
「忠信は、よく働いてくれているではありませんか。ここは忠信の顔を立ててはいかがでしょう?」
と、不満げな主人に進言した。
「まずは邸より離れた場所に、鬼の子を移させましょう。様子見であれば……三月うちに山に返す、ということでよいですね。忠信」
はっ、と返し、平伏する。
主人は、しぶしぶ、それを認めた。
北の方に救われた。
忠信は、冷や汗をかきながらも胸をなでおろした。
だが、北の方とて好意だけで言ってくれたわけではない。
流罪においては、正室、側室を同伴することは許されない。
身の回りの世話をする女房だけが許された。
流される直前に、主人の伯母君である東三条院様の機転で、高貴な家系ながら貧しい貴族の娘を女房としたのである。
それが今の北の方。実質上の側室……いや、正室あつかいである。
主人には、都に残した幾人ものおなごや子がおり、今でもかなりの反物が贈られている。
法皇との一件もおなごがらみである。
この地が気に入っているという言葉には、その意味も含まれているのだ。
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