第三十二話  反故

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「国親ほど、しっかりと年貢を徴収できる郡司は、なかなかおらぬと聞くぞ」 主人の怒りは収まらない。 「国親より、薬王寺の紅葉の宴に誘われた。以前より開墾の相談に乗ってもらえぬかと打診があった。その話もあるのだろう」 「お待ちください。万一、その宴のことが朝廷に伝わりましたら……」 思わず主人の話をさえぎった。 主人の機嫌などうかがってなどいられなかった。 流罪の身である主人は、朝廷の許可なく邸の外に出ることも、国衙の(まつりごと)に介入することも禁じられていた。 ゆえに役人に任せざるを得ないのだが、近頃は、その役人も国親の言いなりである。 この邸内の宴であれば言い訳もできよう。 開墾の相談に乗ったと釈明したところで、邸の外に出たという事実に変わりはない。 左大臣の腹ひとつだ。 主人とて、それは重々承知のはずだ。 「あの男が難癖をつけたところで、帝がお許しになるものか」 下衆ごときが意見をするなとばかりに続けた。 「そなたのように、あれこれと疑っていては相手に伝わろう。今後は、国親に国衙の警護をまかせることにする……そなたは、宴には同席せずとも良い」 進物や、かかる費用のことばかりではないのだろう。 都に帰れるのであれば。有力な武士を自分の影響下に置くことは、有益だ。 主人がそう考えている――そうとでも考えねば、仕えているおのれがみじめだった。     
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