第三十三話  都からの使者

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わが名をつけた父がどのような答えをするか、姫にはわかるだろう。 名は、一番短い呪であるという。 姫は、この世に生を受け、名を与えられたそのときより、その呪に縛られたのだ。      * イダテンは幹回り四間を超える楠木の枝の上に立ち、眼下に目をやった。 右腕のユガケの上には、あたりを窺う飛天の姿がある。 邸の庭には舞台が造られ、管弦の宴の準備が進んでいる。 篝火も用意されていた。 じきに日も暮れよう。 琴の音が聞こえてきた。 奏者としての才を継いだという、ささらが姫が弾いているのだろうか。 突然、飛天が羽根を拡げた。 イダテンが、人の気配に目をやると、羽ばたき、空に消えた。 見ると、民、百姓にしては髪の長すぎるおなごが息を切らせて東の径を登ってくる。 おなごは楠木の下の祠の前に来ると息を整え、満面の笑みを浮かべ、山吹色の衣の袖をつまんでくるりと回って見せる。 鈴の音のような心地よい声音が響いた。 「とても着心地が良いのです。たいそう軽いのです」 イダテンは姫が持読となった習いごとを受けた。 建築物や、それ以外の書物を読み解きたいと思ったからだ。 だが、受けいれた理由は、それだけではなかったかもしれない。     
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