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「太刀は、そこいらで死んでおった武者から、馬は主を失い、うろうろしておったやつを捕まえたのだ……お前も助かったのじゃな。おお、ひどい有様じゃった。まさに、この世の地獄よ。あれでは生き残っておる者はおるまい。わしも命からがら逃げ出したのじゃ」
幾千もの兵に取り囲まれたあの邸から、馬に乗って逃げ出したというのか。
できるとしたら襲撃前だ。
間諜でもなければ、それを知ることはできまい。
「助かったのは、わしらだけであろうか?」
窺うように見上げてきた。
姫を伴っているのではないかと、探っているのだ。
「問いに答えよ」
「勘違いじゃ。わしは、ただの下男じゃ。そのような者と縁はない」
吉次は、喉を鳴らし、必死に訴える。
「馬に乗れる下男など聞いたことがない」
「いや……それは、昔、商いをしておったで」
「荷を運ぶための大事な馬に乗る商人はおらぬ」
そうは言ったが、いないわけではない。
だが、武士の鞍と商人の鞍は形状も違い、乗り方も違う。
喉に巻きつけた腕に少しだけ力を入れた。
並みのおとなとは比較にならない怪力に、吉次は、むせ返った。
「わかった、わかった。正直に話そう。実は、わしは馬木の隆家様が郎党じゃ。宗我部が兵を挙げたときに一刻も早くつなぎをつけるため、下男として潜り込んでおったのだ」
あきれた言い訳だ。
しかも、問いもせぬのに、喋り出した。
「わしは、お前の面倒をみていたヨシの……」
吉次の首に手斧をあてた。
この男が、三郎の言っていた、ろくでもない男だと確信した。
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