第五十五話  願いの玉

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第五十五話  願いの玉

足元が大きく揺れる。 天神川にかかる長さ八間ほどの葛橋にイダテンは立っていた。 これまで進んできた峡谷沿いの道の先に篝火が見えたため、二十間ほど引き返し、対岸を目指すことにしたのだ。 馬の渡れる橋ではない。 吉次を乗せてきた馬は対岸の木に繋いだ。 両手首を前で縛られた吉次は、葛に手を伸ばし、おずおずと進んでいる。 背負われている姫は、葛で吊られた橋を渡ったことなどないだろう。 橋床も、さな木と呼ばれる割木を荒く編んだだけだ。 水音は聞こえてくるが幸いなことに谷底は見えない。 橋を渡り終えるまでは安心できない。 いつでも手斧を飛ばせるようにと、慎重に様子をうかがいながら先に進む。 渡っている最中に橋を落とされたり、矢で狙われないためだ。 この男は、このような場合に備えて連れてきたのだ。 仲間であれば、その二つはやるまい。 もっとも、この男にそれだけの価値があればだが。 無事、橋を渡って半町ほど峡谷沿いに進むと、右手に岩の転がる荒地があった。 奥には銀杏や欅の大木がある。 中ほどまで進んだところで、吉次が驚いたように立ち止まった。 奥の草地から、わらわらと人が現れた。 姫が息を飲んだ。 全部で十人。 ゆっくりと囲みを作る。     
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