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第五十七話 鷲尾小太郎義久
あたりにころがる骸と血の匂いに顔をそむけている姫と背負子を残し、若者に近づいた。
若者は、かたわらにあった岩に崩れるように腰を下ろした。
歳は十六、七というところだろうか。
整った顔立ちではあったが、言葉を発したあとに左の口端をあげて見せる様子はいかにも癖がありそうだった。
左頬にある比較的新しい刀傷がそう見せるのだろうか。
若者に目をやった姫が、
「義久……?」
と、声をかけた。
若者は、悪さを見つけられた悪童のように、しぶしぶと立ち上がり、小さく頭を垂れた。
行方をくらましたという三郎の兄だろう。
目元が三郎によく似ていた。
「ご無事で何より……合わす顔がござりませぬ」
「どうしてここに?」
「名を偽り、兼親のもとに潜り込んでおったのです」
姫は、一瞬喜色を浮かべたものの、
「あなたの……」
と、言葉をつまらせた。
「邸の様子はわかっております。伝令が参りましたでな」
義久も、姫にそれを口にさせたくなかったのだろう。
唇を噛み、それよりも、と続けた。
「海田を出たときは、交渉の場の警護と聞いておりました。兼親のそばに居りながら、こたびの企てひとつ見抜けず……」
「義久の落ち度ではありません」
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