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第八話 老臣
女房を下がらせ、忠信自ら蔀戸を上げる。
床に座ると庭からホオジロのさえずりが聞こえてきた。
池の畔の木々も岸辺の草むらも色づいている。
「それは、なぜなのですか?」
ささらが姫の問いに忠信は頭を下げた。
声は抑えられていたが姫の怒りが伝わってくる。
忠信は、すっかりと白くなった頭をあげた。
齢が五十を超えたあたりから頬がこけ、たくわえた髭も白くなってきた。
「料理を口にする前に鳥や魚についばませているのは……」
「それがなにを意味しているかは、訊かずともわかります。わからないのは、なぜ、そのような用心をしなければならないのかということです。あの者は、それほどの罪を犯したのですか?」
常であれば、人の話をさえぎる姫ではない。
怒りのほどが察せられた。
「イダテンは何ひとつ罪を犯してはおりません。常に、宗我部の手の者が仕掛け、それを避けるのみ。ゆえに用心深くなっているのでしょう……もとはといえば国親がイダテンの母に袖にされての逆恨み」
「……にもかかわらず、誰ひとり手を差し伸べようとしないのは、なぜですか?」
姫の率直な疑問に忠信は言葉を失った。
理由は単純である。
鬼の子だからだ。
宗我部が怖ろしいからだ。
手を差し伸べようものなら間違いなくその人間に災いが降りかかるからだ。
だが、姫に、そう答えることは出来ない。
その責が誰にあるかを気づくだろう。
賢い姫である――あるいは気がついて言っているのか。
額に浮かんだ汗をぬぐうこともできず、老いた頭で懸命に言い訳を考えた。
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